新年明けて早々、約1ヶ月間に渡りスイス、イタリア、イギリスへの取材と会議に出かけた。私の所属する(社)日本人間学会ヨーロッパ会員たちとの交流を通じ、昨年からの数々のテロ、そして、ヨーロッパ全体にわたる道徳倫理の崩壊現象などの取材と会議のためである。
空港についた途端、銃を携帯しいつもよりも多い警官たちの姿に緊張が走る。いよいよ、真の「哲学的人間学」を極めなければならない時代が来ていることを痛感した。
スイスに到着して早々、数日間にわたり数カ国の人々と会議を行なったが、民族や国家間の歴史や民族性や宗教などから来る人間観や世界観の違いに改めて驚かされた。
私の友人たちは、20年近く前から親しく交流してきた仲間たちであるが、それでも、西洋と東洋の考え方や感じ方には大きな隔たりがあり、それを埋め、相互理解に達するのは並大抵のことではない。
幸いなことに、昨年出版した「情然の哲学」に描き出された新しい宇宙観や人間観において共通命題があり、困難な壁を越えていくことのできる手がかりを得ることができた。もちろん、数千年という宗教や思想の歴史の違いと、数々の戦争の歴史を経てきた人類史の課題を解決するには、一ヶ月程度の話し合いでは無理ではあるが、私たちがこれまでに培ってきた互いの友情関係において、信頼と尊敬心によって真摯な話し合いが可能となり、今後の展開に大いに期待が持てる結果となったことは喜ばしいことであった。
会議の合間を縫って、私は美術館を訪ねた。
今回は、以前から一度行ってみたかったスイスのセガンティーニ美術館に行った。まず、道中の雪景色の美しさに心を奪われた。
彼の絵は、私の故郷である岡山の大原美術館に、春の日の光を浴びてキラキラ輝く「アルプスの真昼」という宝石のような素晴らしい大作が飾ってあり、美大の受験の折に面接にあたった教授に私の好きな絵として話したことがある。
サンモリッツにある美術館は小さな建物ではあったが、絵の印象と同じくどこか優しさのあるたたずまいであった。
セガンティーニの絵は、アルプスの白い山の景色を背景に素朴な農民の暮らしが描かれているものが多い。同じ時代に生きたミレーの描く素朴で暖かい情感性とも似た作品は、スイス人の心の実直さと優しさが滲み出ているようである。
スイスは、冬は一面が真っ白な雪景色となり、これも感動的ではあるが、私はやはり春の日を浴びた草原や山々の景色が大好きだ。若草色に染まった大地には小さな花々が咲き乱れ、小川の雪解け水の清らかなせせらぎと、小鳥の鳴き声は心の汚れを洗い流してくれ
る。真っ青な空に雪を頂き白くそびえ立つアルプスの山々、羊や牛の首にかけたベルの澄んだ音色は、穏やかで平和な心を育てるのに十分である。
人間の本当の幸福はどのような暮らしにあるのか、立ち止まって考えさせられる作品であった。